すずき超え

はてなで炎上するのが夢です

祈り 感謝 に救われる瞬間(お笑い)

この記事を読み終えるまでの時間?知らんがな。あんたのさじ加減じゃろ?

FXの塩漬けのお祈りじゃないです

あのー、FXとか株とかでよく「お祈りだー」ってtweetを見かけるのですが、そういうのとは違います。 (´・ω・`)

投資家のための素晴らしい用語辞典「お祈り」=投資行為により損失が出ている状態で、とっとと損切りすりゃあいいのに、超常的な力に突然すがりつくようにはじめる人、またはその行為

(´・ω・`) 

普通に悩んだときとか、凹んだときなどにするお祈りです

自分にしか伝えられないものを書かなくては、と考えたら真っ先に浮かんできたことです。 だいぶ以前から、機会をみつけては書いたりなんかしていたのですが、ずっと何度でも伝えたいのです。

 

(´・ω・`) ちょっとここで実験をして欲しいのです。

 

(すずきの知人には天邪鬼さんも多いので、そういう方は適当にお付き合いください) 今から、数秒間でも良いので、「世界中の子供がお腹いっぱい食べれますように」でもなんでもいいので自分以外の何かのためにお祈りをしてみていただきたいのです。 「芋虫が踏みつぶされませんように」 でも。 やってみると、なんとなく気持ちが穏やかになったのではないでしょうか。 (ここで絶対、誰かからおちゃらけが入るはず、斬新なものを期待します) 

次は感謝

みつを みたいなイメージですが、微妙に違います。誰でも1日100回くらいは、 「あいつぶっころしたろかー!」 などと考えるものです。 しかし、実際にはぶっころせませんので、自分の気持ちを穏やかにしたいときに、なんにでも良いので、なにかに感謝してみると良いです。

頭がどよどよしていたのが、スッキリするときもあります。 ぶっころしたい相手に感謝なんてしなくていいので、そこらへんに落ちているゴミにでも何にでも良いです。 僕の鼻水を吸い取ってくれてありがとう!ティッシュ 僕の○○を(以下自粛) 多少、明るい気分に変わっていくのではないでしょうか。 (ベッキーさんのようなポリアンナ症候群にならないように注意)

 

また、気持ちを軽くしたいとも思わないという人も居ると思いますので、それならやらなくて良いでしょう。 

 

どうして感謝と祈り(他にもとにかくほっこりする行動や気持ちの持ちようすべてですが)が気分を軽くするのかですが、なぜ?というのは明確な答えが出てないです。 どのように?なら、脳からなんか出てとか色々ちゃんとした説明がされています。 生きるためにこういう機能が装備されてるんだろうな、くらいでしょうか。

 

ここから重いはなし

自殺する人多いですよ。

ほんとうのことを言うと、それは他人が止めることはできないんじゃないか、と心底思っています。(またはものすごく難しい)命に関する考え方を押し付けるつもりはないので、あんまり詳しくは書きませんが。

ひとまず、今しんどい誰かに届くといいかなというのがあるので、祈りと感謝がいいものだなと思った経緯を書きます。

重くて真面目な体験談

生育環境がイマイチだったので、配偶者選びにも失敗しました。健全な心理状態ならもっと違う人を選んでいたと思います。

とてもメンタルの弱い人を選んでしまったのです。 そして子供が一人できて、無事産んだのですが、このとき「私のように壊れた育ち方をして壊れているものが、この子をしっかり育てられるだろうか?」と悩みました。

重ねて、夫と気持ちが離れていきました。そうすると、元々愛情に飢え気味だった私はものすごくしんどくなっていったのです。 世界中で誰一人、味方も身内も居ないような心境に陥り、それが長い間続きました。

救いを求めてなぜか小学館のムック本で「仏教」などの本を読み始めました。本屋さんにずらっと並んでいたのですね。 あと「HONKOWA」(昔はほんとうにあった怖い話)という漫画雑誌を読んで、何かしらの救いを探しました。 このあたり、変人ですよね。 とにかく宗教的なものが、孤独感を和らげてくれるのでは?と期待したのです。

最後に見つけたのが、すごく簡単な行動

たとえば、仏教で救われようとして何百回も難しいお経を唱えたらどうでしょうか?

前向き思考を唱え続けても何の解決にもならないように、のたうち回った気分をそのままにしながらお経を唱えようが何しようが、旦那とうまくいかないための孤独感は去っていきませんでした。

でも、こういう世界でそれなりの人が必ず「感謝しなさい、祈りなさい」と言うので、ある日試しにやってみたわけです。

 

祈りは「1億円ください」「旦那をチェンジしてください」とやっても絶望するだけなので、できるだけ清らかに願える内容にしました。

 

(こりゃー祈りじゃなくてお願いか)

 

感謝はものすごくめんどくさいのですが、さっき書いたように「カップラーメン食べれますありがとう」みたいなどうでも良いことに感謝してみました。

嫌々やると逆効果なんですが、疲れてベッドに倒れこんだ時などは心から「フカフカベッドありがと~~~」と思えるものです。自然に気持ちが湧いこないと嘘です。

 

できないものに無理に感謝しなくていいです。

 

自然に湧いてくる感覚を小まめに感じるようにして、他にも人に相談したり色々あって、とりあえず「旦那がやってくれたことには感謝できる。そして新しいステップを踏み出そう」という気持ちで、離婚の手続きをスタートできました。 離婚したほうがいいのは、誰の目にも明らかでしたから。 それまで無駄のようだったし、変人と思われるだろうし、と読んでいた本とかが役に立ったんだと思っています。 人には、宗教観のようなものが必要なんじゃないでしょうか。

 

(それなりの人はみんな、祈りとか感謝とか言ってるなあ)という気づきがなかったら、旦那とはドロドロ離婚になっていたでしょう。 ちなみに憶トレーダーの人で信心深い人、結構います。 

祈りと感謝がこれを繋げる

気持ちとか頭がスッキリしていないと、何やってもダメな気がします。 うまく言えませんが。。 なので、さっき書いた祈りとか感謝とか、ふわ~んとしてスッキリして軽い気持ちにたまに立ち戻らないと、イライラしたまま突っ走ったりして、そんなの何やってもスムーズにいかないですよね。

 

祈りや感謝が自然に出てくると、のたうち回りから次の行動へと自然と繋がります。

 

のたうち回りの状態だと何も思いつかないし、動きも取れない。こころが軽くなると、ちょっとずつ動けるようになるのです。 人に「感謝しなさい」「祈りなさい」とか言われると反抗したくなりますね。

 

しかしのたうち回っているときに、たすけてくれたのは間違いなかった。 規則正しい生活、とか早起きとか、目上の人に言われて反抗したくなるようなものって、見直したほうがいいかもしれないです。